zokkon__U

音をたてて沼に落ちたド新規の日常(妄想)

辰巳先輩④

「じゃあ俺、踊りまーす!」


クラスメイトのもろが今、旬の女性アイドルのヒットソングをゴリゴリに踊り始める。

途端に盛り上がりを見せる会場。



「すごいね~」

「ね~」

ドリンクをちびちび飲みながら、親友と二人で端の方で他人事のように見ていた。



諸星~お前なんでこんなの踊れんだよ~

「いやー!サッカー部のさ、先輩たちの引退祝いにやって!」

チク。


「すっげえ笑いに厳しい先輩がいたんだよ、顔はちょーイケメンなのにさ。」

チクチク。


それって辰巳先輩のこと~?

って言うまわりの子。

チク。チク。チクチクチクチク。


「ちょっ、○○!?」

耐えられなくなって、私が立ち上がったのと隣の子が興奮してドリンクを持った手を私の方に突き出してきたのが同時で。

私の白いトップスは、ブドウ色に染まって、あちゃー…


「ちょっと拭くものもらってこよ!」って親友が連れ出してくれた。


「大丈夫…?」

「ダメ…泣く…」

「帰ろっか?ちょっと荷物取ってくるわ。」


ツイてないなぁ、それはやっぱり次のツイてないことを呼ぶもので。


「嘘でしょ…」

廊下で親友が帰ってくるの待っていたら、前から何人かと一緒に歩いてくる辰巳先輩。


「○○、帰るよ。
えっ、辰巳先輩!?」


「えっ。…あぁ!○○ちゃん、久しぶり!元気だった??」


ってどうしたの!?ホラーみたいだよ!?笑


って先輩は笑ってくれるけど、それどころじゃなくて。


「あっ!ちょっと待ってて!」

辰巳先輩が突然、羽織っていたシャツを脱ぎ出すから、ただでさえいつもよりはやく動いていた心臓がさらに速くなる。

「これ持って帰んな?」

「えっ?」


「ほら、腕にかけたらちょっとは隠れるでしょ?」


「…」


さっきから黙り込んで何も言わない私にいつもとは違う視線を向ける先輩。

お願いだから、先輩もう帰らせて。
これ以上みじめな目にはあいたくないの。


親友が察知してか

「○○、帰るよ。辰巳先輩、失礼します。」

って言って、帰れるって思ったのに。



「ごめん、お友だちちゃん?ちょっとさ、○○ちゃん借りてもいいかな…?絶対なんにもしない!約束するから。」

「へっ?」


「…わかりました。よろしくお願いします。」

「は?何言ってんの」

言っておいで。って口パクしてきた親友。
冗談じゃないんだ、大まじなんだ…。

「とりあえず、出よう。」


辰巳先輩とカラオケを抜ける。2時間前ここに来たとき、いやつい10分前まで考えられなかった展開…。



「何がいい?」

少し離れた公園の自販機の前でそう私に聞いてきた先輩。

「いえ、大丈夫です。」


「そういうと思った。んじゃあ、これね。」

って渡されたのは、カルピスのビッグサイズの缶で。

何も言えないし、出来もしない私。

「…やっぱりね。」

トーンを落としてそう言った辰巳先輩の声に思わず顔をあげる。

「っ!」

辰巳先輩はずっとこっちを見ていたんだと気づいて、動けなくなる。


「あの日、音楽室の前にいたの○○ちゃんだよね。」


これ落ちてたの見つけたとき、○○ちゃんよく飲んでたなぁって。

辰巳先輩が付け加える。


「なんとなくそんな気はしてたんだ。けど、どっちかって言うと、○○ちゃんであってほしいっていう願望の方が大きかった。
○○ちゃんなら、俺のこと否定しないでくれるだろうなぁっていう俺の願望。」


ダメだ…辰巳先輩の顔から、いや実際にはあの瞳から、目が離せない。


「俺、先生のこと好きなんだ。」

あぁ、辰巳先輩のこんな顔、私は見たことないなぁ。

あんまり見たくないのに目を逸らす事が出来ない。

「…でも、先生には婚約者がいる。」


え?

先に目を逸らしたのは辰巳先輩だった。


「俺、絶対報われない恋してんの。」


バカだよね~って言う辰巳先輩。


「辰巳先輩…。」

「ごめんね。」



このごめんねは、こんなこと知らせてしまってのごめんね?

それとも…


「こんな俺でごめんね。」

こんな俺を好きになってくれてのごめんね…?




親友には悪いけど、出来るわけなかった。見返りを求めてない恋をしてる人に告白なんて。


先輩が思ってるほど私はそんないい子じゃない。

けど…

先輩が悲しまないためなら、私は辰巳先輩がいい子って思う私を続ける。

それくらい、辰巳先輩が中心になっていた。


「辰巳先輩らしいなって思います。」


「私は…辰巳先輩のこと全然知らないんですけど…全然おかしいとは思いません。」


「…そんなに人を愛せるなんて…素敵です。」




「帰ろっか。」

どれくらいそうしてただろう。

さっき言ってる途中から辰巳先輩の顔を見れなくなっていた。

辰巳先輩にそう言われて、来た道を帰る。

行きと違い、ずっと沈黙。

背中しか見えない辰巳先輩は何を考えてるのかもわからない。

これが今の私と先輩の距離かと嫌でも知らされる。


辰巳先輩が中に入っていって、店の前で待っていてくれた親友の顔を見た瞬間、自然と涙が出てきた。




これでほんとのほんとに終わりなんだ。

「辰巳先輩…大好きでした…。」


そう言って、先輩に借りたシャツに顔を埋める。


その日はまだ8月だということが嘘みたいに涼しい、空が高い夜だった。